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岡潔の子供や妻の岡みち、家族は?天才数学者の逸話や経歴がすごい!

投稿日:2018-02-22 更新日:

あなたは、数学が好きですか?

私は大学は文系の学部なのですが、子供の頃から数学は結構好きです。

数学の大会に参加とかしてました。

別に賞を取ったわけではないのですが(笑)

そんな数学に関連して、天才数学者の岡潔について、彼のプロフィールや家族、逸話について調べてみました。

岡潔のプロフィール

 

名前:岡潔

生年月日:1901年4月19日

没年月日:1978年3月1日(76歳)

出身:大阪府

学歴:京都帝都大学理学部卒業

主な業績:多変数解析関数論

 

岡潔の経歴

 

岡さんは、なんと小学校に飛び級入学しています。

小学校入学前からすでにその秀才ぶりを発揮していたんですね!

やはり才能がある人は子供の時からどこか他の人と違うんですよね。

・・・私とは無縁の話ですが(´Д` )

 

岡さんは京都帝国大学理学部に在学中、それまで物理学志望だったのを数学志望に変更します。

そして1925年卒業、と同時に4月から同学部の講師に就任してしまいます。

す、すごいですね!

ついこの間まで学生だった人がそんなすぐに教える立場になるなんて。

岡潔

出典:岡潔思想研究会

1929年には助教授に。

そしてフランスのソルボンヌ大学の研究所に留学

この時に、生涯のテーマである「多変数複素関数論」に出会います。

のちに、大きな業績を残すことになるのです。

多変数複素関数論については、ごめんなさい、調べたのですが難しすぎて説明できませんので割愛させてください(>_<)

興味がある人は是非調べてみてくださいね。

 

それ以降は、広島文理科大学助教授奈良女子大学(名誉教授に)、京都大学講師京都産業大学教授を歴任。

 

京都大学で講師を務めていた時には、あの湯川秀樹さん、朝永振一郎さんらが岡さんの講義を受けています。

湯川秀樹さんといえば、ノーベル賞を受賞した超有名物理学者ですよね。

 

 

と、こう聞くとすごい数学者のように思えるのですが、初めからうまくいっていたわけではありません。

最初の頃はなかなか認めてもらえずに苦労したようです。

フランスの数学会で論文を発表した時、あまりの難しさに周りに理解されず、評価されませんでした。

しばらくしてからようやく有力者が岡さんを評価し、それから徐々に世に認められていったそうです。

 

あまりにも天才だと、せっかく難題を解いても難しすぎて周りに理解してもらえないんですね(´Д` )

それは辛いでしょう・・・

天才もここまでくると天才すぎて手に負えない、ていうことですね。

 

そうして、有名になった岡さんですが

・カール・ジーゲル(ドイツの数学者)

・アンドレ・ヴァイユ(フランスの数学者)

・アンリ・カルタン(フランスの数学者)

というような有名な数学者が、わざわざ岡さんに会うために奈良まで訪れるほどだったとか。

世界に名を馳せる人になったのですね。

 

岡潔の逸話

 

岡さんは、とても変わった人として有名でした。

数々の逸話がありましたので紹介します。

 

例えば、列車に乗るときは窓の方を向いて正座していたとか。

→これは、景色を見ると答えがひらめくからだそうです。

 

晴れの日でも傘をさして長靴を履いていたとか。

→これは、革底の靴は頭に響いて、それが頭に良くないのだそうです。

 

ネクタイも締めたくないとか。

 

また、大声で公園で歌を歌っていたとか。

→これは、やりたいと思った時にやりたいことをしたいのだそうです。

 

高校時代の3年間は、1度も歯ブラシを使わなかったとか。


常人には理解できない変人要素がいくつかありますね・・・

天才って、一般の人には理解できない性格の持ち主が多い気がします。

アメリカの海外ドラマで「ビッグバンセオリー」というのがあるのですが、そのドラマの主人公「シェルドン」もかなり変わっています。

シェルドンは、天才物理学者なのですが、ソファの座る位置が必ず決まっているとかドアをノックするときは名前を呼びながら3回ノックするとか、奇妙な行動が目立つ人なのです。

岡さんの変人っぷりを調べていたら、そんなシェルドンを思い出しました。

 

岡潔の妻

 

天才数学者を支えた奥さんは、どんな人か気になりますね。

岡さんの奥さんは、岡みちさんという人です。

岡みちさんの、旧姓は小山でした。

1925年に、同じ大阪出身の岡潔さんと結婚します。

 

前述の通り、岡さんは天才すぎるあまり、他の人には論文が理解してもらえませんでした。

周りに信じてもらえず、とても苦しかったことでしょう。

当然、奥さんも大変だったと思います。

それでもみちさんは「誰も信じてくれなくても、私だけは信じる」と旦那さんのことはずっと信じ続けたそうです。

愛情の深さが伺えます。

本当に素晴らしい、理想の夫婦愛ですね。

天才のそばには支えてくれるそのような存在が必要ですよね。

そうでなければ、天才として真の才能を発揮できません。

私も夫と、そんな夫婦になりたいなあ(*´艸`*)

 

岡潔の子供

 

さて、天才数学者岡潔さんとみちさんの間に、子供はいたのか気になりますね。

3人の子供がいたそうです。

長男の熙哉(ひろや)さん、長女のすがねさん、次女のさおりさんです。

それぞれ家庭を持っており、長女のすがねさんの姓は鯨岡、次女のさおりさんの姓は松原だそうです。

鯨岡だなんてかなり変わった名字ですね!

 

さおりさんは、お父さんが40歳の時に生まれました。

つまり1941年生まれということですね。

ということは現在はもう80歳近く!

私の祖母と同じくらいの年齢です。

 

そして、子供の頃からずっと数学が嫌いだったそうです。

こちらにさおりさんへのインタビューが掲載されていましたので、興味のある方はどうぞ〜

 

他のお二人については、詳しい情報は残念ながら見つかりませんでした・・・

ただ、長男の熙哉さんについては2016年時点で、ご健在という情報がありました。

その時80歳だったそうです。

つまり、1936年生まれという事ですね。

 

まとめ

 

天才数学者の岡潔さんは、天才ゆえ周りに理解されずに苦しみました。

また、奥さんのみちさんも苦労しました。

それでも、奥さんは決して彼から離れることなくずっと寄り添い、支えていきました。

二人は素敵な夫婦愛で結ばれた夫婦だったのです。

いいですね〜愛は人を強くしますね。

 

私も夫とそんな夫婦になれたらな〜と考えさせられました。

-一般人

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